横浜のゴスペルクワイア YCCゴスペルラヴァーズmamaの日記♪

 きょうは母の命日
 母は裕福な商家の4人姉妹の末っ子
 特に父親に可愛がられよく大相撲に連れて行ってもらったって、
 相撲を見ながら楽しそうに話していました。

 戦争で父親の商売は立ち行かなくなり、大きな家も財産も失って、
 彦根城の近くの小さな長屋風の家に引っ越し、慎ましく暮らす
 ことになり、 母は、後にタイピストになりました。
 会社で父と出会って結婚。
 最初の子を流産し、次に極小未熟児1310gで生まれた私は、
 まるで、「子猫とカエルの合いの子みたい」→従兄弟談
 お産婆さんが狼狽するような、気味悪い赤ん坊で
 母は気が狂いそう!母乳も出ない。
 まもなく‥数時間もしないうちに死んでしまうだろうと、
 出産のお祝いどころか、脱脂綿に砂糖水をつけて口元に垂らして,
 末期の水!?
 重苦しい空気の中で、父親や祖父の片手に乗る赤ん坊の息は
 止まらない。「今晩」「数日のうちには」「1週間は持たない」
 なんて、何回も医師に余命宣言をされ、母の実家に集まった
 一同はお通夜のような時を過ごす。
 そんな中で、砂糖水をチュッと吸った私を見て、もしかしたら,
 この子は生き延びるかも!と父は,猛然と私を胸に抱き、足裏を
 休む事なく指圧&体のマッサージ。砂糖水はやめて、粉ミルクを
 溶いてほんの少しずつ口に。とにかく寝ずに面倒を見たそうです。
 周りから「あのお父さんだから生きられたんだよ!」って
 よく言われました。
 母も心身のショックから徐々に立ち直り、 母の実家の祖父も
 祖母も、叔母も一生懸命手伝ってくれたお陰で、なんとか
 私は、ちょっとずつ育ちました。

  母が、人生で唯一表彰されたのが,滋賀県から贈られた
 「未熟児養育努力賞」 新聞に載った写真が残っています。

 ありがたいです。
 
 乳幼児時代の私は、内耳炎、中耳炎,外耳炎のローテーション
 耳鼻科に,内科に,眼科に‥毎日のように通わなきゃならない。
 それはそれは、大変だったと思います。
 
 わたしが、おぎゃー献金に出会って、ライフワークのように
 続けてこられたのも偶然じゃない、神様の采配だと思わずには
 いられません。
 
  それほどお世話になったのに、大きくなった娘は生意気(笑)
  「親の心子知らず」 母も、ある時から自分ファーストに
  シフトチェンジしたので、そりゃ色々ありまして、
  コレは筆舌に尽くしがたい(笑)

  でもきょうの母の命日を区切りに、
  「感謝」だけ残して、
  母への心の蟠り、後悔、負の遺産は忘れよう。 
  神様に全部預けてしまおう。 心痛むことは反芻せず、今を生きる!
  そんな決心をする事ができました。

  あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
  神があなたがたのことを心配してくださるからです。(1ペテロ5:7)
2023.03.21 / Top↑