横浜のゴスペルクワイア YCCゴスペルラヴァーズmamaの日記♪

母のエピソードをひとつ
母は、近江商人の家に、四人姉妹の末っ子として生まれました。
裕福な家で、父親(祖父)に特に可愛がられ、子供の時は、
とにかくわがままなお嬢だったとか。唯一の悩みといえば
若草物語の末っ子エイミーの様に、鼻が低かったこと(笑)
戦争で、家も、何もかもなくなって、祖父は、裸一貫で出直し!
商売はきっぱりやめて、彦根市の小さな家で、慎ましく暮らす
ようになり、女学校を出た母は、すぐお勤めに出たそうです。

母の青春は、ずっとお裁縫とか、せいぜい友人とたまに映画を
見るくらいだった・・・ということになってましたが、
・・・・・
私が独身の頃、職場の旅行で訪れた伊東のホテルのラウンジでのこと
ずっとこっちを見ていた初老の紳士が、名刺を手にやってきて、
丁寧に無礼を詫びながら、
「お母さまは、しずこさんというお名前ではありませんか?」と
尋ねるのです。
「はい、母は、しずこですが・・・・」
いただいたお名刺には、母が独身時代に、勤めていた会社の名前が
ありました。
その方は、なんと、母のダンスのお相手で、母は、赤いハイヒール、
素敵なドレスで、会社の帰りに、毎日、ダンスホールで蝶のように?
踊っていたんだとか。
私を見ると母そっくりで、懐かしくてつい声ををかけたとのこと。

えっ? うちの母が毎日ダンス???まさかー。
これこそアンビリーバボー。

母に聞いたら、人違いではなく実話!!?母は二重人格か??
それより、ダサい母そっくりと言われたほうが大ショック,
確かに鼻は同じだけどさ(笑)

家庭の平和のため、お名刺は母に見せずにチョキチョキ処分!(爆)
その後は、何もなく日々は過ぎました。

「あの紳士は、もしかして恋のお相手だったの?」とか、
そんな昔話を聞く機会は、一度もなかったけれど、
きっと母にとっては、かけがえのない思い出なんでしょうね。

今、体は、限界ラインを越えてなんとか生きてる母、
認知が進み、周りが皆、敵に見えて、苦しいうめきが続く中で、
私たち家族のことじゃなくていいから、青春を謳歌していた頃の
楽しい夢を 封印から解いて、ひと時でも、辛さを忘れてくれたら
いいのになーと思います。
2021.02.24 / Top↑