横浜のゴスペルクワイア YCCゴスペルラヴァーズmamaの日記♪

土曜日に「伸子の部屋」という番組をメンバー向けに配信しています。

その中で少し触れた、人生の後押しをした小説は
高校生の時に読んだ三浦綾子さんの塩狩峠  この一節です!

ねえ永野さん、こんなにきれいな色をおつくりになったのは 神様なのね。
わたしは神様の絵の具箱がみたいわ。神様の絵の具箱には
いったいどれほどの種類の絵の具があるのかしら。」

・・・私は、小学6年生の秋に北海道から神戸に転居。体調を崩し
中学生時代の2年間、病気で安静を強いられて、学校に
通学できる時も、体育は見学、通学中も走っちゃだめ。
腕には毎日の注射や血清、点滴で「ヤク中」的注射痕生々しく・・・

2年間そんな病人生活を過ごしていた中学2年の終わりに、
大学病院で受けた診察と検査でなんと誤診が判明しました。
「実際病気だったとしてももう治ってる。
安静や投薬注射の必要なし→それよりきつい薬の長い投与で
薬害が心配」と。
そのタイミングで、急に父の転勤が決まり、バタバタと横浜に。
横浜で、中学3年にして初めて普通の中学生になれました(笑)

そんなこともあり、この小説の主人公の婚約者で、カリエスで
長い闘病を続けているふじ子に少し自分を重ねる部分があったの
かもしれません。

中学から高校というと、将来の進路について考える時期
通院も安静もなしになったら、何でもできる気がして、将来の進路について、
「福祉系に進んで、人の役に立ちたい」と母に言うと、
「何言ってるの?あんたは、介護や看護されるほうで、
する方じゃない  無理無理!」と言われて ガーン 

そんな時に出会った言葉がこれです。

私も 神様の絵具箱を見てみたい!!極小未熟児で生まれて、
免疫の弱い私でも、誰かに、神様の絵具箱を紹介するような、
そんな仕事ならできるかもしれない!

この言葉に背中を押されて、大学で美術・染織を専攻、テキスタイルデザイナー
になりました。
その後の波乱万丈は、次の機会に(笑)
2021.01.26 / Top↑