阪神淡路大震災の発生から26年。
両親の安否がわかったのは数日後、
避難所からの「生きとるでー」という電話でした。
安否がわかる前に、大阪から歩いて父母を探しに行ってくれた
友人の旦那さん。
温かいおにぎりを届けてくれた人
こちらからバイクで食料や毛布を運んでくれた知人もいました。
すぐ行きたい、道路も鉄道も寸断されて行けない。
子供たちがいるから、置いていけない。
何もできない私のところに、お見舞いや支援物資が次々届きました。
半壊した実家宛てに送ろうとしたら、父は、「市役所に送れ!
もっともっと大変な人がぎょうさんおるんや」と言い
自分は、避難所にいながら、つぶれかけた家で動けないでいる人への
水や、弁当の配布に奔走していたそうです。
思っていても、手紙一つ書けない。
動けない、行動に移せない。そんなものぐさで、だらだらな私は、
この日が来るたび、愛を実行する人になりたいと思うのです。
せめて、メールの返事くらいは、ちゃんと返したい。
★いっさいのことを愛をもって行いなさい。 コリント人への手紙第一16章14節
★みことばを実行する人になりなさい。 ヤコブの手紙 1章22節
両親の安否がわかったのは数日後、
避難所からの「生きとるでー」という電話でした。
安否がわかる前に、大阪から歩いて父母を探しに行ってくれた
友人の旦那さん。
温かいおにぎりを届けてくれた人
こちらからバイクで食料や毛布を運んでくれた知人もいました。
すぐ行きたい、道路も鉄道も寸断されて行けない。
子供たちがいるから、置いていけない。
何もできない私のところに、お見舞いや支援物資が次々届きました。
半壊した実家宛てに送ろうとしたら、父は、「市役所に送れ!
もっともっと大変な人がぎょうさんおるんや」と言い
自分は、避難所にいながら、つぶれかけた家で動けないでいる人への
水や、弁当の配布に奔走していたそうです。
思っていても、手紙一つ書けない。
動けない、行動に移せない。そんなものぐさで、だらだらな私は、
この日が来るたび、愛を実行する人になりたいと思うのです。
せめて、メールの返事くらいは、ちゃんと返したい。
★いっさいのことを愛をもって行いなさい。 コリント人への手紙第一16章14節
★みことばを実行する人になりなさい。 ヤコブの手紙 1章22節
2021.01.17 / Top↑
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