横浜のゴスペルクワイア YCCゴスペルラヴァーズmamaの日記♪


「ぽんこつ車」っていう素晴らしい名曲、
私の60歳還暦のお祝いに、Kさんが作詞作曲してYCCゴスペルラヴァーズが
隠密練習をして、サプライズで歌ってくれました♪

多少ポンコツになってきた私へ「立ち止まる必要も振り返る必要もない 
あるがままで走り続けろ 光の道を 進め―!」と励ましてくれる
明るく楽しい応援歌!! 
メンバーの皆さんが、私がちっとも気づかないうちに 覚えてハモって
あんなに力強く歌ってくれるなんて 思い出すだけで感涙です。
そして この歌の歌詞をゆっくり聴いたらまた泣ける・・・

この歌、歌詞の一節一節に聖書の言葉、大事なメッセージがしっかり
織り込まれている正真正銘のゴスペルなんですもの♪

歌詞を全部ここに書きたいけど、あの場限りのプレゼント!
幻の名曲ということで,全文公開は、いつかYCCゴスペルラヴァーズが
ライブで歌う時まで待っていただくとして・・・
そして、その時が訪れたら、作詞作曲者のKさんが、この曲に込められた
深いメッセージを解き明かしてくれると思いますので・・
ココでは、私が個人的に感じたり、受け取ったことをちょっと書きますネ。

このポンコツ車に
「光の道を進む」「光の道で歌う」
「十字架の犠牲によって許された道 進め― いざ進めー」
というフレーズが出てきます。

この曲の主題というか骨格は、新約聖書のヨハネの手紙第一1章7節 
「しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んで
いるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての
罪から私たちをきよめます。」という聖句です。

この聖句が、「光の道」「十字架の犠牲によって許された道」という
言葉に結実し、十字架の犠牲と贖罪によって、暗闇に光が差し、
光に照らされ、光の道に招き入れられ、光の中を光ととも歩む・・
その祝福と喜び、約束を歌っている・・「信仰と希望と愛」がここにある!
まさにゴスペルそのものです!

こんな素敵な歌を贈られた私、この歌を聴いて、「Jesusに永遠の命に
続く光の道に招かれた私、ありのままの自分でOK!
光に照らされ、光の中にとどまり、光を携え、後ろを振り返らず
この光の道を一心に走り続けたい!みんなでこの道を走ろう!!」
そんな新たな決意をもって 還暦第一歩踏み出すことができました。

ありがとうKさん!! そしてYCCゴスペルラヴァーズの皆さん!!!

☆☆せっかくなのでミニ聖研☆☆
聖書に出てくる「光」を見てみたいと思います。

●神様は天地創造の時、「光よ、あれ」と闇の中に光を創造されました。

●新約聖書のヨハネによる福音書1章1~5節
 「初めに、言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。
 この方は、初めに神と共におられた。全てのものは、この方によって造られた。
 造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
 この方に命があった。この命は人の光であった。
 光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」

ヨハネの福音書1章9節に、神様から遣わされたJesusは、「すべての人を
照らすまことの光」と書いてあります。

●「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を
歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネの福音書8章12節)

●旧約聖書の詩篇119篇
「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(105節) 
「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを
与えます。」(130節)

こうしてみると、「光」は神様そのもの、またJesus=救い主イエス・キリスト、
聖書のみ言葉、そのメッセージです。
「光」は、神と人、神を信じる者同時の交わり、神様から与えられる永遠の命、
喜び・賛美 などを表しています。
「闇を照らす光」「いのちの光」「まことの光」です。

「光」に対して、「闇」は、神に敵対するもの「罪」自己中心や偶像礼拝、嫉妬、
無秩序、悪意や混乱などです。
この闇に覆われたこの世に差し込んだ天からの一筋の光、それがJesus です。

ちなみにヨハネの福音書、ヨハネの黙示録、ヨハネの手紙の作者のヨハネは、
イエスの12弟子のひとりで、年若くイエスと出会い、お兄さんとともにイエスの
弟子になり、若いころは、雷の子といわれるくらい気が短くて、血気盛んでした。
育った家が、漁業を営む、今でいう網元のような裕福なおうちだったようで
ボンボン気質が垣間見られます(笑)
でも、信仰をもって数々の試練を乗り越え、イエスの母を引き取り、拷問や
島流しの刑に屈せず、幽閉された島の洞窟でヨハネの黙示録を書きました。
その後は、愛に溢れた人として、小アジアの地方にたくさんの教会を建て、
人々を励まし支え、12弟子の中で唯一、長寿を全うして召されました。

はじめはキリストを信じるものを迫害していたパウロは「天からの光」を受け、
回心して異邦人伝道に人生を捧げ、殉教しました。
彼はエペソ人への手紙5章8節で「あなたがたは、以前は暗やみでしたが、
今は、主にあって光となりました。 光の子どもらしく歩みなさい」と勧めています。
このパウロも、個性的というか・・・熱いというか、うるさいというか(笑)
教会や個人にあてた手紙が、新約聖書の中にたくさん載っているので、
読んでみてくださいネ。



2017.06.07 / Top↑